ヤブキモオタ日記

ヤブキのオタク趣味日記 ジャンプメインで、たまに映画やアニメ、読んだ漫画の感想を書きます

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この記事を書いている前日に、カグラバチの第一部が完結しました
それが面白すぎるあまり、以降仕事中もずっとカグラバチについて考えていたんですが…
ふと「もうこの漫画はチヒロの復讐譚じゃなくなってるのでは」と気づきました

というわけで、これを機にブログに書き出しつつ、考えを整理して今後よりカグラバチを楽しむべく時間を使おうと思います
とはいえちゃんとまとめるところまではいけてないので、ほぼ考えた順番通りに書いて行きます
何言ってるかわからんとこもあるかもですが頑張って読んでもらいつつ、賛否をもらえたら嬉しいです

振り返ろうと思ったきっかけ

それはもう単純にこの2ページが気持ち良すぎたからですね

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再び鍛冶場に向かったチヒロが思い出したこれまでの記憶
それらを全て糧にして、父の真打を超えるべく刀を打ち始めるチヒロ

毎週のジャンプ感想を書いているときは、鍛冶場に始まる1話との対比や、これまで時間をかけて読んできた物語がどれも無駄じゃなかったこと、この先の展開への期待で気持ちよくなっていて見逃していました
チヒロが鍛冶場を出た時と帰ってきた時で、全く目的が変わっていることに

このシーンの真のカタルシスは僕が前述したような表面上のものではなく、112話をかけたチヒロの内面の変化の終着点を見たからであろうと思います

ということで、チヒロの変化を序章から順に振り返っていこうかなと思います

1,2話

カグラバチは復讐譚か

皆さんは人に漫画を薦めるとき、作品をどう説明していますか?
僕は、序盤で示される大筋の話から入ります作品によってまちまちだと思いますが、こと説明の入りに限れば大体この1パターンではないでしょうか
概要がわからないとイメージもつきづらいし

ワンピースなら「海賊王を夢見る少年の冒険譚だ」
カグラバチなら「親を殺された男が、親の形見の刀を取り返す復讐譚だ。」と言っています
(※毘灼を倒すことと刀を取り返すことを、今回は一緒くたに「復讐」とします。刀が主目的っぽいから違うくない?と言われると強く否定できませんが、原動力はそこまで変わらなそうだし)

まあチヒロも1話でこんなこと言ってますしね

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しかし112話の回想でもあるように、物語の大筋を示すセリフはもっと他にありました
しかも表現を変えて何度も繰り返されたものが


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チヒロだって「背負う覚悟はある」と、これを目指すと宣言まで言ってる
3枚目のセリフが回想に使われてたやつですね
こうしてみるとカグラバチは本来、チヒロが刀を作るために世界を知る話になるはずだったのではないでしょうか

しかし、112話でそのスタート地点へ返ってこれてはいるものの、国重の死で大きく遠回りをすることになりました

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自分の信念を持たず(あるいは自分の正義感だけを拠り所に)、責任だけを背負って復讐に身を投じることを決意してしまいました
本当はもっと世界を見てから自分の価値観を成熟させてほしかっただろうに
15歳の子供がいきなりこんな目にあったら仕方ないですが

とはいえ
幽の「お前の父親がこの世界を作ったんだ」という言葉を振り返ると、この時のチヒロの怒りは一方的で視野が狭いものだったように思います
おそらく悪人が蔓延る世界で婚約者を失っていそうな幽に対して、チヒロは山奥で呑気に暮らしてたわけなので
毘灼が来なければこの先もそうしていたかもしれないし

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思えば国重の「そうか」の前の沈黙は、自分が妖刀を封じたことで生み出した世界への責任感があったりしたんかな
まだ真相がわかってない部分ではありますが

そんなこんなで、第一部の結末を正解とするなら、堂々と正解を示しつつも、自然と復讐劇へとミスリードをさせてますね
メタ的なところでも、「大人になれ」より復讐譚の方が読者の心を引くし良くできてたなと思います

冒頭のナレーションについて

六平チヒロという男の成長譚ではなく、クールな剣戟復讐譚として読んでいた初見時と比べて、今カグラバチを読み返すと見えてくるものが変わりそうです
ここから各章でチヒロがどう変わったのかを見ていきます

…とその前に
1話時点でも作品の冒頭の見え方が変わるのではと思いました


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ここで言う美しく強靭な刀とはチヒロのことを指しているだろうことは明白
しかしそれは、悪人をぶった斬る復讐者としてだと思ってました
でもチヒロを復讐者に変えたのは国重の死というたった一度の出来事
叩き、延ばし、折り曲げ、また叩く…といった繰り返し行われる複雑な工程を経てきたとは言えません
モノローグに合わせるなら、この時点のチヒロはまだ玉鋼で、鍛錬の工程は第一部を通して描かれていたと言えそうです
あるいは二部以降もそうなのかもしれませんが

双城編

カグラバチの秀逸なところは、メインキャラクターには必ずチヒロとの因縁や対比があることだと思います
ここではシャルと双城がチヒロにどう影響を与えたのか見ていきます

シャル

双城編はシャルがヒナオの元を訪ねてくるところから始まりますシャルは悪党によって母親を失っており、チヒロと境遇がかなり近いです
ですがチヒロと違い復讐に燃えたりはしてません
むしろ母親の「幸せになって」という願いに準じているようです
チヒロはシャルを通して、国重の言葉を思い出し、自分の信念と向き合うようになったように思います(シャルが母の言葉に準じているかをチヒロが知る描写はありませんが、物語的にはこう言っていいかと思います)

まずチヒロのシャルに対する態度ですが、初めはめちゃくちゃ冷たいです
正直、第一部を最後まで読んだ時点の印象からはかなり遠いです
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この時点で、ダルマの発言から同じく母親を亡くしているという境遇にシンパシーを感じていそうな描写はあるんですが、それでもこの冷たさ

思うに、これまでチヒロは誰かを守ることと自分の復讐と信念のため悪党を殺すことは矛盾してこなかったんだと思います
そのせいで、この段階では自分は復讐者であると思っているんじゃないでしょうか
つまり、1話のサブタイトルでもある「すべきこと」は、チヒロにとっては復讐なわけです
実際シャルの護衛を引き受けるにあたって理屈をつけて冷たく対応してはいるものの、理屈を話し始める前には感情面からシャルを助ける理屈を探しているように読めるコマが2コマも挟まります


そして、チヒロが復讐者であることとヒーローであることを選択させられる瞬間がやってきます
迎え放電で鳴を受け止めるシーンもそう読めはしますが、それよりもこちらのシーンの方が印象的かなと思います

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演出的にも明確にシャルと刳雲を天秤にかけています
そしてこの場でシャルを優先しまうのがチヒロという男です

その後の展開で、チヒロは父の言葉を思い出します

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この国重のセリフは、父の形見よりもシャルを優先したチヒロをまさに肯定するものだと思います
これは、チヒロが自分の本質が復讐者ではないことを自覚し、それを認めることができた瞬間ではないでしょうか

その結果出てきたセリフがこれ

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復讐のためではなくて、目の前の誰かのために刀を振るうのが六平チヒロという男
ここからチヒロは、誰かのために剣を抜なシーンが何度もあります
ハクリの「父さんを斬ってくれ」、イヲリの「お父さんに会いたい」
ヒーローはかくあるべしと思わされます

双城

チヒロが誰かの信念に耳を傾けるようになったきっかけは彼にあるでしょう
ひいては、国重の願いの通り「自分の目で世の中を見よう」としたきっかけは双城ではないでしょうか
そして、自分が元々掲げていた信念の幼稚さにも気付かされたんではないでしょうか

チヒロが団子を食べるシーンは双城の、己と相対する信念と、己の幼稚さを「飲み込む」ことを表現しているのは間違いないでしょう

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ここで国重が、刀は人を殺す道具であることを明言していたことを思い出します
チヒロはこれまで「悪党が刀を握ることを許せない」と言ってきましたが、これはある意味「刀を作った先にある”死”」への責任から目を背ける行為です
なんせこのの理屈は「悪党が悪い」と、罪を刀を握る人間にのみ背負わせるものですから
双城だけでなく、カザネの言葉が挟まっているのも印象的ですね
カザネは双城と戦った上で、双城ではなく妖刀の存在を否定しています
カザネが「妖刀は殺戮兵器として作られた」という双城の理屈と「平和のために作られた」というチヒロの理屈、どちらに乗るかといえば前者でしょう
チヒロの価値基準は独りよがりなものだったと言えると思います


まとめと余談

チヒロはこのシリーズで
シャルを通じて、チヒロが戦う理由は復讐のためではなく、誰かのためになった
双城を通じて、自分の独りよがりに気づいた(もっと妖刀にまつわる世界を知る必要があると気づいた)
といったところでしょうか

ともかくここで、復讐に囚われたチヒロの人生に転機が訪れています



あとこれはチヒロの成長とあまり関係ない余談
よく見たら最後の攻防の伏線がちゃんとありました
これが10話
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そして17話
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背後からの攻撃に反応されるであろう確信は過去の経験からでした

楽座市編

このシリーズでは、盲目的に復讐に邁進していたチヒロの蒙が啓かれていく、起承転結でいう承って感じの内容が描かれてるなと思います

緋雪

緋雪の信念と向き合うチヒロ
双城戦を経て、自分の信念のために戦うだけの復讐者ではなくなったなと思います

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双城の信念を飲み込んだ時はあくまで敵として斬り伏せていましたが、対立した意見を叩き潰すだけではチヒロの成長とは言えません
悪人を裁く大義があろうが、自分が六平だという正当性があろうが、相手の信念が自分の信念をひていするだけの強度があるのであれば、聞いて考えを改めねばならない
緋雪との対話はそういう思いがあったようにも思います

とはいえ、ここでのチヒロはまだ善と悪の二元論の世界で生きていると思います(京都編で少し触れます)
単に緋雪とは融和するほか道がなかったとも言えるかもしれませんが

対峙した時の話だけ

幽を目の前にして作戦行動を優先できたのは、シャルの時の経験が生きてる感じはしますね
チヒロにとっての復讐はもはや運命によって課せられたもので、自ら選んだものではない
だから2択を迫られたとき、あえてそれを選ぶことはもうないのかなと思います

ハクリ

課せられた使命から抜け出した存在だと思います
読み直すほどハクリの精神は登場時から完成してますね

ハクリを通したチヒロの変化はそのまま書かれていました

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1話のセリフに合わせるなら、チヒロの「背負う覚悟」の甘さを突きつけられた形ですね

神奈備の真打落札部隊の人と緋雪も言っていた「全部だ」は、ある意味覚悟の表れでもあると思うんですが
同時に力があるから押し通せたことだなぁとも思います


国重への信仰

チヒロが妖刀を否定するような発言をしていました
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これまで国重の信念を疑う余地はなさそうだったチヒロですが
これまでチヒロは国重の信念をある意味で理解しようとしていなかったと思います
言葉の通りには理解していたとは思いますが
なぜ妖刀を封じたのか、なぜ戦後も刀を打ち続けていたのかを理解していなかった

だから双城の主張に対して怒りを感じていたんだと思います
この後の座村の裏切りは、この疑念に追い打ちをかけるモノだったと思います

所有者暗殺編

ここからはキャラとの対比というよりエピソード単位でさらっていきます
感想書くのも結構疲れてきたので

漆羽との出会い

真打を見て父の所業に対する疑念を抱いたチヒロですが、父を慕う漆羽と話してこの顔

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少しほっとしたんじゃないでしょうか
「自分の知らない父がいるのではないか」「戦争を知っている人たちは父をどう思っているのか」
そういう不安は、父の生前から面識のあった柴や薊と話しても払拭されないものでしょう
一応は素性の知れない男であるはずの自分に、漆羽がかけた言葉は、チヒロを安心させたのではないかと思います


その後昼彦の急襲
1話に立ち返って「すべきこと」を強調するようなセリフ

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このあと漆羽はチヒロに昼彦を任せます
六平信者としても、湯煙スクワッドのことを考えても毘灼に恨みがあるし昼彦を殺したいだろうに
復讐ではなく対極を見てすべきことを全うする
チヒロが揺れてるシーンはないけど、情を挟まず漆羽とのコミュニケーションを円滑に遂行することでチヒロの成長が見えるかなーと思ったりするところ

昼彦との戦い

チヒロの信念を貫くための手段から、チヒロの殺しを批判する問いを昼彦が用意してきました
ですがここはチヒロにとって変わるきっかけではなく、成長を示す場でしたね
信念を全うする覚悟は楽座市でハクリから学んでいるし、違う考えを持つ人間との向き合い方は双城から学んでる

まあ幽も昼彦は未熟だって言ってるしなぁ

座村

で、昼彦の前でチヒロが「地獄に堕ちてやる」と言った矢先、裏切ったのが座村

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信念を得たチヒロに対する新たなアンチテーゼ
こうしてみると役割は双城に近いのかも

チヒロは昼彦に「英雄たちと悪党の殺しが同じなわけない」と主張していましたが

昼彦があっけなく切り伏せられたように、妖刀クラスの力がある者だけが信念を語れるシビアな世界でもあるなと思います


復讐者ではいられなくなったチヒロ

復讐者としての自分を座村に完全否定されましたが
力の面ではもちろん、復讐を代行できる父と深い間柄なだった大人、座村の登場によってです

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ここでもう一度淵天を握る意味を問われるわけですが
国重が殺された日とは別の理由で剣を握ります

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ここにきてようやく国重の願に戻ってこれました
ですがチヒロは、言葉だけでなく経験をして初めて信念を自分のものにしていくキャラクターだとも感じます
心が追いついてくるのは京都編からだと思います

京都編

このシリーズでチヒロの復讐は明確に終わっていると思います
一度座村に殺され、文字通り生まれわかったチヒロが見られるシリーズです
個人的にはここからのチヒロが本当に好きです
単なる絵柄の変化かもしれませんが、チヒロの目の印象もこのあたりから変わったように思います
冷たい目から温度を感じる目になった感覚というか

イヲリとの接し方

シャルの時と態度が違いすぎますね

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シャルが初登場時にうざいガキんちょだったのは、チヒロのリアクションが読者感情と離れすぎないために必要なことだったのかもしれません

復讐から解放されたチヒロ

先述した通り、感想をまとめ出したきっかけは「復讐譚としてのカグラバチはもう終わったのでは?」という疑問でしたが
そう読める描写が結構明確に描かれてました

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チヒロは座村に切られて「復讐の資格を剥奪された」と言っていましたが、本当にもう復讐者ではなくなったことがわかったのはこのシーンだと思います
これまでのチヒロなら、父の形見を悪意のままに振るう昼彦にこんな目ができるわけないと思います

そして、淵天を再び握った理由が復讐でないことは、チヒロ本人も語っています



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ただ、これは国重のことを忘れたわけではありません
過去は復讐ではなく、未来に進むための足場としての初めて肯定されるモノだと認識を改めているようです

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ここまでで復讐が第一優先事項ではなくなっていたチヒロですが、やはり復讐にはずっと囚われていたんでしょう
ここにしてやっと、復讐に依らない父との向き合い方を手に入れたんだと思います
妖刀を折る力に気付けたのも、父が見ていた未来と、ようやく目の向く先があったからではないでしょうか

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ただ、だから良かった、割り切れたとならないのがチヒロの年相応で人間らしいところだなと思います

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ここまで読み直して整理していくとより複雑な感情が想像できらようになった気がします
座村とイヲリの関係の修復を喜ぶ反面、自分が失ったものの尊さを再確認するかのような表情
復讐に囚われていた方が楽だったかもしれませんが、父との記憶から想起される感情はもう怒りや憎しみではないのでしょう
怒りや憎しみで塗りつぶされていた、笑顔の中にあった国重との思い出とようやく再開できたからこそ、悲しげな笑顔が思わず溢れたんだろうなと想像します


一緒に

なぜ国重がチヒロと淵天を打ったのかも、座村を通じて浮き彫りになりました

1人で答えを出して全てを背負ってしまおうとした座村に対し、国重はチヒロと共に答えを模索しようとしていたように思います
実際、少しずつ一緒に学んでいくぞというのはそういうことだったのでしょう

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学ぼうとした矢先その機会を奪われてしまったわけですが

一緒に、という点でも成長がありましたね
(柴さんには頼ってたとはいえ)父の信念を1人で背負う気満々だったチヒロでしたが

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めちゃくちゃ成長してる
これを教えてくれたのは巻墨でしょう

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まとめ

こうしてみると、座村への敬意を持ったままの対立は、チヒロの精神的な成長が多く見え隠れするものだと思います

座村の裏切りを知った時は動揺しているうちに斬られてしまいました

これまでチヒロが斬ってきたのは悪党だけで、善と悪の二元論の世界で生きることができていました(緋雪とは一瞬対立したけど、対立する必要のない相手であることはすぐに分かりましたしね)
その上座村は、チヒロの精神的支柱であった父が信頼して刀を託した男
座村の裏切りはチヒロの聖域が揺らぐ出来事だったのではないでしょうか

ただ、ハクリは父との繋がりを強く感じたまま父と敵対していたり、そもそも国重自身が自分の刀を「正解ではない」と言っていたりと、チヒロがこの状況を噛み砕けるだけのヒントはここまでに散りばめられていたように思います
チヒロが動揺してしまったのは、そのことを言葉でしか理解しておらず実感がなかったからで、整理をつけられたのはヒントがたくさんあったからだったのかなと思います

ハクリはまさに過去を肯定しながら今を生きてますし
ただハクリは精神的に完成されすぎているので、今まさに課題に立ち向かっているイヲリを客観視することで、チヒロは自分の内面を見つめ直していたのかもしれません

1人で戦わないことも然り、全ての人との出会いを糧にここまできましたね


一部最後のシリーズで曽我明無良と対峙するために必要な複雑な精神を一気に身につける、濃いシリーズだったなと思います
というか、復讐終わってるって気づいてしまった感出して感想書き始めたけど、思ったよりちゃんと書いてて笑いました

神奈備本部襲撃編

ここまでくるともうチヒロの精神は完成しているので、気になるところだけ触れていきます

チヒロの目的は初めは復讐だったという体で感想を書き始めましたが、薊の回想では国重の信念のために戦うことを宣言していました
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とはいえ、京都編では「復讐の資格を剥奪された」と自分で言っていたし、冒頭では「新鮮な憎しみと共に1日を始められる」とか言ってるし
この当時のセリフは実態とはあってないように思います
もしかしたら大人を説得する言い訳だったのかもしれません
ただ、今は違います
本当に父の信念を受け継いで一緒に戦うため、淵天の契約者になってるし、それを象徴するかのように座村と並び立っています
座村は正真正銘国重の意思を受け継いで戦った英雄ですからね

全てを経て成長したチヒロ

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このコマのかっこよさが異常でした
この前のシーンで、面と向かって国重を否定した幽を、怒りも動揺もなくただ見つめるシーンもあって
その後ただ止めるべき敵を見つめこのコマ
異なる信念との向き合い方も、覚悟の貫き方も、他人を頼ることも、全てを我が物にしたチヒロだからこそできたことだなと思いました


これ以降、座村が死ぬ最後の攻防でも、迷わず「すべきこと」としてただ見つめていたり、座村を救う算段を立てたり
成長を垣間見る瞬間がとにかく多かった
チヒロは元からかっこよかったんですが、このシリーズで1番カッコよさを感じたし、好きになれたかもしれません

後書き

ということで、第二部開幕前夜になんとか112話を読み終え、感想を書き終えました

今回はチヒロの成長を見出そうと、自分の中で仮説を持ってこじつけるべく読んだのでもしかしたら恣意的に感じるところもあるかもしれませんが
おかげで気づいてなかったことにも気づけたし(感想に書いた通り、ちゃんと気づいとけよという露骨なものもたくさんありましたが…)、それ抜きにしても読み直して楽しかったです

「復讐」「信念」「覚悟」といったフレーズや、シリーズによっては「全部」意識して繰り返されている言葉も多かったのも発見でした


まあ冒頭でまとめに当たることは書いたので、後書きもこの辺で
第二部、一緒に楽しみましょう
普段僕のジャンプ感想をあんま読んでない人もカグラバチのとかだけでも読んでもらえると嬉しいです
ではまた
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